A_米原鱒寿し
2021年9月8日に米原駅改札内の臨時売店で購入(1,200円)
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1937(昭和12)年発売。滋賀県が誇る醒井養鱒場(さめがいようそんじょう)が独立採算制を敷かれることになり、マスの販路を求めて関係者が井筒屋に泣きついたのがきっかけとされています。

井筒屋では既に鯖寿し(現在は終売)を販売していたため、その話を聞いた社長ら料理人が「サバができるんだからマスも」と魚のように食いつき、2年間の試行錯誤を経てお披露目されたとか。

こうして完成したのが元祖鱒寿し。駅弁のマス寿司自体は富山駅で既に販売されていましたが、発売初期は現在と異なる、マスの身を1匹ひらいた「姿寿司」だったため、その一番最初ということで「元祖」を名乗っていたようです。

この鱒寿しは事あるごとに内容が変わっていた曲者で、姿寿しと押し寿しが一緒に入っていたり、それにちらし寿司やデザートが加わったり、姿・押しがそれぞれ独立したり、さまざまな資料を見るごとに内容に変化がありました。中の人が購入した2021年9月時点ではこの押し寿司のみでしたが、ほどなくして今度は姿寿しのみとなり、2025年2月末の飲食事業撤退を迎えています。

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縦4㎝、横11㎝、奥行18.5㎝ほどの折箱に詰められたマス寿司は、総重量400g超えのボリュームで酢飯が分厚い「昔ながらの寿司」スタイル。箱を持つとずっしりとした感じがすごい。

富山のとは違って一切れが小さくて食べやすく、食べた後の充実感という点でもそれに劣らないような気がました。寿司というよりもマスの丼物を食べたような気分。付け合わせのガリと山椒が口直しにちょうどよかったです。

A_米原鱒寿し (2)

ところで、代々受け継がれたパッケージには短歌が詠まれています。
うつくしき はたひからせて ますのむれ
 あをはかけさす 清流を行く
美しい肌を光らせたマスの群れが、青葉の影(=日差しの意)が差しこむ清流を行く。作者の「文子」とは、井伊文子(1971-2004)です。最後の琉球王国王・昌泰の曾孫で”殿様市長”として知られた井伊直愛(1910-1993、井伊直弼の曾孫)の妻。佐佐木信綱のもとで短歌を学び、処女作「中城さうし」など多くの作品を残しました。